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走れメロス:善福寺川篇

  • 佐原 匡
  • 2022年8月23日
  • 読了時間: 3分

少々前のことだが、6月19日(日)の朝練は三鷹に遠征した。その日は桜桃忌、つまり作家・太宰治の忌日だった。彼は愛人と玉川上水に入水自殺し、遺体が発見された日が、たまたま太宰の誕生日にあたることから、この日を忌日としたのだ。朝練では、井之頭公園を経由して、まず太宰が入水したと思われるあたりにある石碑、そして中央線にかかる陸橋(跨線橋)、最後に太宰の墓のある禅林寺を訪れた。太宰は1939年9月に三鷹に引っ越し、1948年に亡くなるまで、そこに住んだのだった。三鷹市のホームページでは「三鷹の魅力」として、ジブリ美術館と太宰治を二大看板にしている。もっとも、「阿佐ヶ谷文士村」の一人として、荻窪や阿佐ヶ谷を忘れるわけにはいかない。例えば、代表作『斜陽』には、阿佐ヶ谷駅北口の金物屋が登場するが、ここは現在4代目の現役商店で、店先にはその旨書かれている。


ところで私は太宰を自分の文章の師だと思っている。彼の作品はすべて読破したが、自然体でリズムがあって読みやすいのである。

我々ランナーズにとって最も身近な小説は『走れメロス』だろう。そこで、これを例に取る(ちなみに没後50年を過ぎているので、太宰の作品は青空文庫で読むことが出来る)。


第一に、文章当たりの文字数が少ないことだ。『走れメロス』なら、9806文字、458文章、つまり平均21.4文字だ。読みやすい文章の目安は、小説の場合35~50文字と言われているが、更にその半分だ。ちなみに本文章は平均37字である。

第二に、漢語を要所に用いて内容を凝縮させていることだ。これにより、文章が引き締まる。有名な出だし『メロスは激怒した』だが、これに続く文章は、『必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した』である。王の特性を、「邪智暴虐」の4字で言い尽くしている。これ以外にも、「巡邏の警吏」、「濁流滔々と下流に集り」、「繋舟は残らず浪に浚さらわれて影なく」、「潺々水の流れる音」、「歔欷の声」など、簡易な文章でありながら、ルビがないと読めない漢字が続出する。


そして忘れてはならないのは、太宰はモーツァルト型の天才だったことだ。三鷹時代を共に過ごした妻の津島美知子(太宰の本名は津島修治)には『回想の太宰治』という本がある。当時の太宰は口述筆記を行っていた。印象的なのは、『走れメロス』の直前に発表された『駆込み訴え』だ。美知子は次のように述べている。「太宰は炬燵に当たって、盃をふくみながら全文、蚕が糸を吐くように口述し、淀みもなく、言い直しもなかった。」誇張も含まれているのだろうが、語った内容がそのまま最終稿になるのである。これを読みながら、私はモーツァルトを思い浮かべていた。ミュージカル『アマデウス』の有名なシーンだ。ベートーベンも含め大作曲家も自分の譜面にはどれが最終版だか分からないほどの推敲を加えるものだが、モーツァルトは違う。下書きなど無いのに書き直しの無い完璧な譜面が出来ているのだ。


あの日、三鷹を走りながら、私の心にはこのようなことが浮かんでいたのだ。


 
 
 

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